リヒテルズ直子さん講演会から――安心・共生・幸せ、「オランダ型成熟・市民社会」から学ぶ
いじめ、体罰を発端とする子どもの自殺が相次ぎ、成人した人たちの中にも引きこもり、うつ、若年者の自殺が後を絶たない。戦後67年、3.11から2年。あらゆる矛盾や問題を抱えている社会を、結果的に見て見ぬふりをしてきた私たち大人は、今いったいどうすれば子どもたちに幸せな社会を手渡してやることができるのだろうか。日本が、東京が変わるためには、外から日本を、東京を見ることで、私たちが気づけない示唆を得ることは可能だ。子どもの幸せ度世界一、市民社会のフロントランナー・オランダの経験と具体例から学ぶリヒテルズ直子さんの講演会(2013年4月12日)から報告する。
当日の司会は、都議会生活者ネットワーク・みらい都議会議員(昭島)の星ひろ子がつとめた。
3.11大震災、原発過酷事故から2年。昨年の総選挙を経て、事なかれ主義が日本社会に蔓延したかに見える一方で、地域では多くの人が社会、生活のあり方を変えなくてはいけないと考え始めている。
講演の冒頭でリヒテルズさんは原発問題にふれ、原発=市民社会の問題である、福島原発事故は起こるべくして起こった戦後日本社会の帰結するところであったのではと前置きした。
史上初の原爆投下を経験しながら、米国との安保体制の下で自民党政権・企業・官僚とが結束し54基の原発をつくった日本。一方、米ソ冷戦体制下にあってソ連や東欧諸国と陸続きにあるヨーロッパでは、核戦争勃発の危機や原子力が人類にもたらす危険は、市民にとって身近で現実味を帯びたテーマであった。1972年、オランダ政府が発表した原子力推進政策は、戦後最大規模といわれる市民の反原発運動によって阻止され、34基の原発建設計画は白紙に戻された。60~70年代のオランダは、戦争を体験した親世代が戦後経済復興を無条件で受け入れたのに対し、学生や知識人を中心に、かつてナチスドイツの台頭を許した全体主義への批判が高まり、「政治の行方を決めるのは自分たちだ」「公正を阻むものに抵抗することは市民の義務だ」「モノよりヒトへ、脱産業社会へ」と市民自らが行動を起していった時代であった。
「子どもが世界一幸せな国」と評価されるオランダ
以来40数年、二つの国はそれぞれ、どのような市民社会をつくりあげ、子どもたちはどのような学びを保障されてきたのだろうか。押しなべていえば、日本が「産業社会型」の学校制度をひた走ってきたのに対し、オランダでは「脱産業型社会」をめざす教育が目標におかれた。
2007年、ユニセフ(イノチェンティ研究所)が公表した「Well Being:生活と福祉の総合的評価調査」でオランダは、「子どもが世界一幸せな国」と評価された。「生活に満足(1位)」「親に何でも相談する(1位)」「学校が好き(4位)」など、本調査で子どもの幸せを測るために使用した6つの側面(注1)のすべてにおいてオランダは、上位10位以内に入っている。続く2011年公表の「小学6年生の社会的能力調査」においても、情報処理、市民的態度、市民としてのスキル、共感力などに十分な発達が認められ、さらにOECD・PISA学力調査では、ヨーロッパ域内ではフィンランドに次いで2位という成績であった。
3周遅れの日本 民主主義が育たないのは教育のせい?
すでに制度疲労に陥っている日本。片やオランダの教育は3周回の社会変革をその都度反映するかたちで今日に至ったとリヒテルズさんは言う。
1周目が16~17世紀の、近代「啓蒙主義」によって導かれた人間観の定着であり、2周目は先述の60~70年代の「自由と公正」「機会均等」「社会福祉」を旨とする社会改革だ。1982年には、長引く不況「オランダ病」を克服するために、政府、労働者、企業の3者が対等に話し合い、短時間労働の正規就業化を制度化。「同一価値労働・同一賃金待遇」などの政策合意(1982年:ワッセナー合意:ワークシェアリング)を交し、財政破たんを回避した。周辺諸国から「ポルターモデル」と評された社会変革を実現した時代である。すなわち、パートとフルタイムの間に一切の差別を設けないばかりか、生活スタイルに合わせて働き方を選択できる制度転換は、生きがいのための仕事、学び育てる生活や市民の日常的な社会貢献を促し、自分たちは参加し、発言する市民だという意識変革をも生み出した。
そして、3周目は、まさに現在進行中の「オランダ型成熟・市民社会モデル」である。異なるものが互いを受け入れ合ってつくる市民社会は、話さなければ始まらない、そうでなければ共通項も見いだせないという理念の共有があって成立する。そもそも市民とは「自由のもとに自分で考える」存在であり、「自分がしていることはよいことか、社会は公正かなどを批判的に思考し(リテラシー)、社会正義を守る」存在だという認識が「オランダ型成熟・市民社会」に通底する共通理念なのだ。
民主的市民社会の構築と日本の教育改革を急げ
そして、オランダでは2006年、初等・中等教育に「民主的市民性(シチズンシップ)教育」(注2)が導入、義務化された。シチズンシップ教育には3つの類型があり、個人的に責任を負う→参加して行動する→社会的正義を守る、と発展的に思考が深まるよう、身近な問題を採り上げて議論する。
そもそもオランダの教育には、「教育理念の自由」「教育方法の自由」「学校設立の自由」が保障されている。個性と共生を重要視するモンテッソーリー、シュタイナー、イエナプランなどの影響を受け、学校教育の柱には「民主的シチズンシップ教育」のほか、「デジタル化」「特別支援教育の完全統合」「本物からの学び」「協同の重視」「システム理論の導入」「脳科学の研究成果の導入」「性教育の復活」などが取り入れられている。子ども同士の主体的学びを保障することを第一義に、一人一人の進度にあった教材が子どもの興味に則したテキストで提供される。また、「もう一度一緒に普通学級へ」をモットーに96年から開始した特別支援教育は、完全統合(インクルーシブ)教育として定着しており、03年には、個別補助金制度(リュックサック政策)を導入。国が子どもの障がいの種別や程度を判定→補助金を決定→親子が選んだ学校に予算をつけ→その予算で介助員をつけたり、子どもの学びに適した環境整備を行う。
近代以降の「検定教科書を学ぶ」日本の学校教育では、個性の尊重を何べん叫んでも、違いは豊かさであることを実感するのは困難だ。世界は互いに依存しあっている、人は生まれながらにして「世界市民」であることを実感し、体験し、違いを認め合い、自分は社会・世界全体のために何をしていくかを学校教育から学びとるオランダ。背景には、政治を動かす「オランダ型成熟・市民社会」の力があった。私たちは、民主的市民社会の構築と日本の教育改革を急がなければならない。
注1:健康、安全、物的保障、教育、社会との関わり、生まれてきた家族と社会の中で愛され、認められ、その一員として含まれているかなど。
注2:民主的法治国家の基本的価値観、公共の利益、能動的社会参加、仲間市民としての子ども、民主社会に生きる市民的行動の練習の場など。
リヒテルズさんの講演後、都議会文教委員会で副委員長をつとめる、東京・生活者ネットワーク都議会議員(国分寺・国立)の山内れい子が東京都の教育政策の現状を報告した。
プログラムの最後には、都議会生活者ネットワーク・みらい幹事長で東京・生活者ネットワーク代表委員の都議(世田谷)西崎光子が、都議選政策「2013生活者宣言」をアピールした。